ファイナルが終了してカフェで一息ついてブログを書いてます。
本当に長い長い2週間だった。
毎朝起きては今日は何の科目をしようかどこまでエッセイを書こうかと考え、図書館にこもって気付けば夜の11時。
キリのいいところまでと思い結局2時。
そこからウーバーで家に帰りシャワーを浴びて死んだように寝て、また朝が来て、同じ日々の繰り返し。
最近は氷点下で本当に寒くて、
ウーバーの運転手さんと寒いね、なんて話しながら、
降り際には、きっとうまくいくよ、頑張ってね
なんて言葉だけで一日の苦労が報われた気がする日々。
同じ努力をしている大学生とか大学院生に囲まれながら、隣で聞こえる大きなため息を聞いて、「わかるよしんどいよね行き詰るよね」と心の中で彼らに同意して自分を奮起させるような、そんな日々。
が、終わった。
最初のセメスター、辛かったけど、悪くない期間だった。
いやだ勉強したくないって何回も言ったし、たぶん大学院を卒業したら、もうこんな生活には戻りたくないと思うだろうけど、こんなに勉強するのも人生でもうないんだろうなと思ったら、寂しい気もする。(たぶん今だけ)
ウーバーの運転手さんに毎回のように
何を勉強しているの?なんでアメリカの大学院に来ようと思ったの?
って聞かれるんだけど、
私がまず大学院に行こうと思った理由はいくつかあって
考え始めたのはカナダ留学の後半で、
カナダで、頑張る人達にもみくちゃにされながら勉強する楽しさを知って
日本の大学とは全然違う生徒の熱血さに圧倒されて、
私ももっとこんな風に本気で、しかも夢に向かって頑張る生徒に囲まれながら勉強したい
と思ったこと。
留学で、ある一定のコースを突破したので、UBC(University of British Colombia)の大学への入学許可証をもらって、そこでその特権を使って編入を(割と本気で)考えたんだけど、日本に帰って周りのおとなにきくと、みんなに口をそろえて「日本の4年制大学はしっかり最後まで卒業しなさい」と言われ、じゃあ卒業してから海外大学に行こう、でも、大学4年また通うのは長いしなぁ、2年の大学院でいいや、とそんなノリ。
私は将来の夢として考えてた国際機関での仕事を得るためにも、大概は修士号(マスター)がいるから、一石二鳥かな、と。
で、なんでアメリカかと言うと、アメリカはまだまだ人種差別とか大きな人権問題が存在することは知ってたから、実際に差別で苦しんでいる人たちが周りにいるほうが、人権を学ぶ上で良いかなと思い、自分も差別を受ける可能性があるアメリカをわざと選びました。
人権を学ぶには、人権を学ぶに適したところに身を置こうと。
んで、なんでDCなんだというと、首都なだけあって国際機関とか世界の大企業の拠点の都市で、ひととのコネクションを作るには最適だから。あちこちに有名人がいて、いろんな人のレクチャーがあらゆるところで開かれてて、勉強のモチベーションを維持するにももってこいだと思ったから。大企業狙いでここにいるわけではないけれど、やっぱり頭のいい人に囲まれると、学べることは多い。
もうすでにDCでしか会えない人にも場所にもたくさん出逢った。
いつも運転手さんに聞かれて、え、なんで自分ここにいるんだっけ
ってなっちゃうけど、ここにいる理由忘れちゃいかんなあ。
最後に、今日の夕焼け。