せっかくの人生だもの。

ワシントンDC大学院生2年目。人権、社会、女性問題について勉強中。ゆるーり感じたことを書いてます。

知性は色気

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この間、クラスにゲストスピーカーが来た。

アゼルバイジャンからの人権弁護士。胸が少し空いた上品な真っ黒なドレスにグレーのカーディガンとを羽織っていて、短い爪と黒い髪、愛嬌のある笑顔が素敵な女性弁護士。

 

 

クラスの2時間半のうち、全部の時間を使って彼女はアゼルバイジャンの問題について自分の経験に基づいた話をたくさんしてくれたのだけど、

私がクラスの中で釘付けになったのには、(彼女の話ももちろんためになったのだけれど)彼女の話以上に彼女の色気。

 

 

2時間半ずーっと彼女を見つめて考えてました。

色気について。(授業を聞け)

 

 

色気とセクシーさって紙一重だと思ってたし、というか考えもしなかったけれど、20歳くらいから2つの明らかな違いを追及したくて、ずっと考えてる。笑

 

 

海外に来ると、というかアメリカにいるとせくしーな人ってたくさん、もう本当に、見飽きるほどたくさんいるんだけれど(特に大学敷地内で過ごすと)、なかなか色っぽい人を見ないなあと。

 

今はフェミニズムが旬な時代で、女性の体と価値とかの定義がよく取り上げられるけれど、やっぱりお尻とか胸が大きい人が比較的多くてまた露出度も高いアメリカで、この出し方違うだろ…と思うような少しお下品な格好の人を見ると、またもやこの定義について考える…っていうローテーション。

 

 

服装とか求める雰囲気とかって、個人の自由だし全然女性としておしゃれは楽しむべきだけど、そうすることで特に男性から求められる女性像が定着すると、しんどい…

 

 

日本はどっちかというと、昔からの着物の文化とかおしとやかでたおやかな女性像が根付いているからか、色っぽい国っていう印象があるけれど、アメリカにいると、その雰囲気が恋しくなる。

 

私の勝手な見解では、セクシーさは、肌を出してみたり強気な印象で、色気はゆったりした静かなイメージ。

 

きっと体の質とか体形の問題もあると思うけど。

 

そして知性はやはり色っぽい。