せっかくの人生だもの。

ワシントンDC大学院生2年目。人権、社会、女性問題について勉強中。ゆるーり感じたことを書いてます。

気付ける環境に身を置くこと

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大学院生活の4分の3が終わりました。12月の中旬に終わり、日本に一時帰国中、あと数日で金の音を聞きながら新たな年を迎えようとしてます。

 

前学期は、今までのセメスターの中で1番時間が過ぎるのが早かった。なんせ就活で身体的にも精神的にも落ち着くことがなかったから、体も心も動きっぱなしで時にしんどくて、そうこうしてるうちにもう、ファイナルの時期…となっていたわけです。ニューヨークであるキャリアフェアに行ったり、あの有名なボストンキャリアフォーラムに行ったり、その前には日本の就活にうんざりした気持ちと、こんな多忙な学生生活と日本の就活両立させるなんて無理!って気持ちでエントリーシートを書いたり。就活に対する概念が少し変わった数ヶ月、でした。(このことに関してはまた後ほど)

 

日本に帰ってくるのに楽しみにしてたことは、美味しい食材と、大好きな人たちに会えること。日本に帰ってからも実は残りの論文に追われていたのだけど、提出してからというもの、「ふぅ、少しの間勉強せずに頭を休ませよう」と思い勉強のことは考えないようにした。とはいうものの、毎日毎日学校内でも学校外でも勉強漬けの私にとって、「考えないこと」が逆に苦しくて、結局今まで通り色々な考えを頭に巡らしている。

 

でも不思議なことに日本に帰ると、考えなくても一日過ごせてしまう。ブログを書こうと思う気力もネタも思い浮かばない。つまりは、日本の中で美味しい食事を食べて、大好きな人と会って、物質的に何不自由なく生きていると、盲目になってしまうのだろうかと気付いた。気付いたというか、そうだよな、と実感した。私のアメリカの家にはテレビがなく、情報源は全て携帯から。朝起きるとすぐにツイッターを開いてニュースを読む。楽しいニュースも、暗いニュースも、トランプがどうとか性差別がどうとかそういうニュースも全部見て色々と考えながら起きる。で、色々と考えながら顔を洗って、ご飯を作る。無音の中で。でも実家に帰ると、テレビがあるし朝起きればテレビがついてるし、見ればくだらないニュースばかり。そんなテレビが雑音と化して、「あー今日もくだらないな」って呟いて終わり。

 

なんとなく同じ気持ちの人、いるんじゃないかなと思う。日本にいるとやっぱり定時に来る電車も、手際のいい接客も何もかも完璧に見えるから、すごく麻痺する。そしてテレビを見るとまだまだ必要であろうニュースが放送されることはなく、「幸せな国日本」を感じさせられる。幸いなことに私には、情報が一方通行で同じことを何度も放送したり不倫に騒ぐテレビ番組を見るか、取捨選択できる海外ネットのニュースを見るか、という選択肢がある。けど、この感覚に麻痺した場合、とっても怖い。

 

 

前学期、私は「ジェンダー後進国日本」「日本のcultural security とグローバリゼーション」という日本の闇にフォーカスした二つの論文を書いた。書いててしんどくなるくらい、日本が嫌になるくらい、日本の闇を洗いざらい徹底的に研究した。教授にも他の生徒にも、日本の美徳にとどまらず、日本の改善点を知って欲しかったから。少し嬉しかったのは日本に帰ると、以前よりも、私と同じような意見を持っている若者に会うことも多くなって、どんどん若者が声を上げていってるのかなと感じた。まだまだだとは思うし、まずは私は国のトップに疑問を感じるのでどうしようもないが、この「麻痺」(というのか洗脳というのか)をどうにかしたいと思った。

 

「日本の外に出ろ」

 

って、よく言うけれど、本当に一週間でもいい。日本の外に出ないと日本の闇に気付かないというのは、あながち間違ってはいないと思う。