せっかくの人生だもの。

ワシントンDC大学院生2年目。人権、社会、女性問題について勉強中。ゆるーり感じたことを書いてます。

黒人差別は、アメリカ国内だけの問題ではない

 

ガキ使浜ちゃんの黒塗り問題について、いろんな意見が飛び交っているから、自分の意見の整理も兼ねてここに記しておこうと思う。

 

私はこの問題を見て、ある事件を思い出した。去年「human rights」の授業中に、ある男性が「black lives matter じゃなくて all lives matterだ」と発言した時に、黒人女性が「all lives matter はなんの不自由もないマジョリティが作った言葉だ」とディスカッション中に憤慨した。

このことについては以前記したこともあるが

私はこの「不自由のないマジョリティ」という彼女の言葉も、あのクラスの雰囲気もよく覚えている。

これを踏まえると、まず私は、あれを一種の人種差別と考えてもいいと思う。

というのも、日本在住の黒人の人たちでさえ、実際にあの行為を目にして「やめてほしい」と訴えているのだ。

 

なんで黒人が「やめて」と訴えているか、わからない、大げさだと言う人には彼らの気持ちになって考えてほしいと思う。歴史的背景から見て、黒人は昔から奴隷的存在として扱われてきた。そして黒人男性が白人女性を一目見ると汚らわしいとして捕らえられたり、KKK(白人至上主義者)には黒人が狙われた末、木に吊り下げられ殺害されたり、残酷な仕打ちがなされたきた。

 

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そしてその歴史は終わったわけではなく、実際に今のアメリカを揺るがしている問題の一つなのです。特に、友人の話を聞いていても、去年トランプが大統領に選出されてからは更に「racial difference」について社会の中で敏感になったような気がします。

実際に私にも白人至上主義の友達がいます。そしてそれに刃向かうように、目をギラギラさせて戦うようにして、特に黒人の友達はFB上で差別撤廃に向けて意見を発信したり、学校でデモを行ったりしています。

 

私の学校では去年、数件、黒人を狙った陰湿ないじめ、差別行為がなされています。

一つ目は、黒人の女子大生が腐ったバナナを投げつけられたこと。

二つ目は、初の黒人女性学生会長が選出された日、校内でバナナが吊り下げられてたこと。(この事件で使われた黒い縄は実際にKKKが黒人を吊るす際に使用されていた首吊り縄)

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三つ目は、南北戦争時の南部の旗が学校中に貼られていたこと。(南部は今でも人種差別が多く、今ではその旗は人種差別行為の象徴として掲げられていたり、販売規制もあるとのこと)

そして、最近発生した三つ目の人種差別行為の次の日には、学校中にBlack lives matterと書いた紙が貼られていました。

 

こういう事件を身近で発生して、未だに黒人が差別の的として扱われているということが、私の中で明らかになった。一つの学校内で起こった事件でこんなにも緊迫なムードになっているのに、この広いアメリカの中でどれだけそのような行為が行われて、どれだけの黒人が恐怖、不安、怒りを感じているのだろうと、恐ろしくなった。

 

この浜ちゃんの黒塗り問題について、「こんなことにまで批判が来るのか」「差別したくてブラックフェイスをしたわけじゃない」という人たちを代弁すると、「今のご時世お笑いごときでやった行為にこれだけ批判が来てまったく生きにくい社会だ」ということだと思う。

が、生きにくい社会を生きてきたのは、黒人達だという事を考え直してみるべきだと思う。そして、その批判をする前に、実際に彼らが嫌だと言っていることを、彼らの気持ちになって考えてみてはいかがだろうか。もし、私たちが、差別行為で命を狙われ、嫌がらせを受け社会から未だ阻害されているような人種で、まったく関係のない他国で私たちの外見を真似するような人たちがいれば、どう思うだろうか。

 

この問題は、お笑いだから許されるべき ということではなく、彼らの立場に立って考えるという人間的考慮と、あれだけ話題になったblack lives matter 問題とその背景知識が日本でいかに欠落しているかを表していると思う。

 

今こうして差別問題で世界がピリピリしていることは、ニュースを見れば誰でもわかるはず。(気づかなかったなんて言い訳は、通用しません、なぜならそれは無知すぎるから)その時期に、そして新たに新年を迎えようとしている縁起のいい時に、これが問題になって「差別ではない」と叫ぶ人たちに「何を呑気で自分勝手なことを言ってるんだ」というのが呆れ果てた私の感想です。

 

目標は新年からじゃなくていい

 

 

あけましておめでとうございます。

 

2018年という数字より平成30年という言葉の響きに、時間の流れの早さを感じますね。

今回は特にいつもよりも新年を感じられず、なんとか最後の数十分は、毎年恒例のジャニーズのカウントダウンを見ながら「変わるのか」と実感が湧いて来ました。(そして、年が変わったところで嵐のlove so sweetを歌って寝ました)でもやっぱり新年だからと言って何も変わることはなく、私自身もそのままだし、街の景色も、社会もそのまま。今まで新年というと新しいことが始まりそうでワクワクする感じがあったけれど、もう最近は、f**k new year resolutionという感じです。だって新年になってから、目標を掲げるならもうとっくにやってるもの。別に新年始まってからじゃなく12月30日でもいいわけだし。思い立ったが吉日というわけだし。だから私はこれまで自分の中で大切にしてきた人生の目標を、これからもこなしていこうと思います。自分自身もこのまんま。自分の考えもこのまんま。

 

強いていうなら、人に、ものに、毎日を、もっともっと丁寧に生きたい。

 

 

若かりし頃のマクドナルドの思い出

 

 

クリスマスが終わったと思えば、街にお正月の音楽が流れてるし、深夜近い街の中心に来ればいつも以上に忘年会やら飲み会やらに騒ぐ団体がたくさんいる。

 

もう年末かぁ。

 

わたしは何もそのような予定はないんだけど。

 

繁華街に来た。待ち合わせの時間まで少し時間があるから、11時クローズのスターバックスを探した。でも結局近くにあったマクドナルドに落ち着いた。ホットティーを頼んだ。100円なの、知らなかった。飲み屋街にあるマクドナルドより、落ち着いてキャラメルマキアートが飲めるスターバックスが良かったけど、300円浮いてなんか得した気分。

 

そういえば、21とかの時、親友とのクラブ帰りのマクドナルドは毎回恒例だった。朝5時まで踊って、5時すぎに開くマクドナルドに開店と同時に駆け込んでハンバーガーを食べる。飲みすぎてベロベロになって自分が何食べてるか分からなくなってる友達を見て、ゲラゲラ笑ったのを覚えてる。笑いすぎてファレオフィッシュがなかなか飲み込めなかった。楽しかったなぁ。そして今考えたら、あの時の自分は一体誰だったのか?と感じざるを得ないあの若気の至り。

 

でもあの時はよく風邪をひいてた。おたふく風邪にもかかって、本当に辛かった。あ、私って夜更かしに弱いんだってそれで気付いた。オールナイトで遊んだりすると一瞬で風菌がビューンと舞い込んでくるように免疫が落ちるのだ。まぁ、思えば、あの時がむしゃらで遊んでた時間は一つの学びだったと思う。

 

って、思い出しながら隣でカードゲームをしてるちょっとオタクっぽい男子たちの会話を聞きながら、楽しそうだな、今を楽しめよ、って心の中で呟いてる。

 

気付ける環境に身を置くこと

 

 

大学院生活の4分の3が終わりました。12月の中旬に終わり、日本に一時帰国中、あと数日で金の音を聞きながら新たな年を迎えようとしてます。

 

前学期は、今までのセメスターの中で1番時間が過ぎるのが早かった。なんせ就活で身体的にも精神的にも落ち着くことがなかったから、体も心も動きっぱなしで時にしんどくて、そうこうしてるうちにもう、ファイナルの時期…となっていたわけです。ニューヨークであるキャリアフェアに行ったり、あの有名なボストンキャリアフォーラムに行ったり、その前には日本の就活にうんざりした気持ちと、こんな多忙な学生生活と日本の就活両立させるなんて無理!って気持ちでエントリーシートを書いたり。就活に対する概念が少し変わった数ヶ月、でした。(このことに関してはまた後ほど)

 

日本に帰ってくるのに楽しみにしてたことは、美味しい食材と、大好きな人たちに会えること。日本に帰ってからも実は残りの論文に追われていたのだけど、提出してからというもの、「ふぅ、少しの間勉強せずに頭を休ませよう」と思い勉強のことは考えないようにした。とはいうものの、毎日毎日学校内でも学校外でも勉強漬けの私にとって、「考えないこと」が逆に苦しくて、結局今まで通り色々な考えを頭に巡らしている。

 

でも不思議なことに日本に帰ると、考えなくても一日過ごせてしまう。ブログを書こうと思う気力もネタも思い浮かばない。つまりは、日本の中で美味しい食事を食べて、大好きな人と会って、物質的に何不自由なく生きていると、盲目になってしまうのだろうかと気付いた。気付いたというか、そうだよな、と実感した。私のアメリカの家にはテレビがなく、情報源は全て携帯から。朝起きるとすぐにツイッターを開いてニュースを読む。楽しいニュースも、暗いニュースも、トランプがどうとか性差別がどうとかそういうニュースも全部見て色々と考えながら起きる。で、色々と考えながら顔を洗って、ご飯を作る。無音の中で。でも実家に帰ると、テレビがあるし朝起きればテレビがついてるし、見ればくだらないニュースばかり。そんなテレビが雑音と化して、「あー今日もくだらないな」って呟いて終わり。

 

なんとなく同じ気持ちの人、いるんじゃないかなと思う。日本にいるとやっぱり定時に来る電車も、手際のいい接客も何もかも完璧に見えるから、すごく麻痺する。そしてテレビを見るとまだまだ必要であろうニュースが放送されることはなく、「幸せな国日本」を感じさせられる。幸いなことに私には、情報が一方通行で同じことを何度も放送したり不倫に騒ぐテレビ番組を見るか、取捨選択できる海外ネットのニュースを見るか、という選択肢がある。けど、この感覚に麻痺した場合、とっても怖い。

 

 

前学期、私は「ジェンダー後進国日本」「日本のcultural security とグローバリゼーション」という日本の闇にフォーカスした二つの論文を書いた。書いててしんどくなるくらい、日本が嫌になるくらい、日本の闇を洗いざらい徹底的に研究した。教授にも他の生徒にも、日本の美徳にとどまらず、日本の改善点を知って欲しかったから。少し嬉しかったのは日本に帰ると、以前よりも、私と同じような意見を持っている若者に会うことも多くなって、どんどん若者が声を上げていってるのかなと感じた。まだまだだとは思うし、まずは私は国のトップに疑問を感じるのでどうしようもないが、この「麻痺」(というのか洗脳というのか)をどうにかしたいと思った。

 

「日本の外に出ろ」

 

って、よく言うけれど、本当に一週間でもいい。日本の外に出ないと日本の闇に気付かないというのは、あながち間違ってはいないと思う。

 

 

 

ゲイクラブに行った話。

 

 

人生初!ゲイクラブに行った。

 

正直人生のうちでゲイクラブに足を踏み入れる時が来るなんて思ってもみなかったけど、ノリで踏み入れてしまった。

 

楽しかった。

 

何が楽しかったかというと、周りはゲイの男たちで溢れてて、みんな楽しそうに踊ったりキスしたりいちゃついているのを、はたから見ながら多様性ってこうゆうことだって感じられたこと。あとは、普通のクラブとは違って、女の体目当てで来る男がいないから、全くジロジロ見られたりしないこと。

 

そう、男が女の弱いところを狙って食うようなそんな現場が存在しない。

 

踊りながら考えた。

 

男と男の恋愛または女と女の恋愛は、男女の恋愛とは少し違う。お互いが恋に落ちたりキスしたりすることは同じだとしても、性別から生まれるパワーの違いが違う。

要するに、男×男、女×女は、パワー関係がほぼない状態で恋愛感情で成り立っているけど、男×女の場合、男がパワーを有していることがあるために、本当に恋愛関係が生まれているのか、さては男が女の弱さを利用して体目的で関係性を作っているのか、という所が違う(特にクラブやバー)

 

何回もあった。そういうふうに感じることが。嫌だった。上から下まで舐め回すように見られて、女を馬鹿にして酔わそうとしてくるような男がクラブで溢れているのが今も嫌い。

 

だけど、ゲイクラブではそういう光景はもちろんなく、みんなただ単に楽しそうに踊ってた。私なんかより綺麗にメイクしてて、見惚れてしまうようなイケメンもいた。

 

この街にこんなにゲイいたの!ってびっくりしたけど、みんな気楽に過ごせる場所がここにあって嬉しいだろうなぁ、って私も嬉しくなった。

 

 

 

私が出勤時に必ず思うこと - 多様性と社会の活性化 -

 

 

 

私は学校以外の日はNGO団体でインターンシップをしています。

朝の8時、満員電車に乗りダウンタウンで降りる。

電車を降りて、行きかう色んな人種のサラリーマンに埋もれながら私が思うことは、「これが世界を活性化させるんだ」ということ。

 

 

 

私が大学院受験の時に願書のエッセイの内容で行き詰っていた時、大学のお世話になっていた教授に「深く考える必要はない。みんながもっていない日本人としての視点をうまく活用すればいい、みんながもっているものじゃないんだから」ということを言ってもらった時を思い出す。

 

日本人としての視点。

 

これは、日本人である私にしかないもので、同じように、中国人の視点、アメリカの視点、ケニアの視点、いろんな国の視点の中に国同士が認め合い、うまく取り入れていくべき要素が必ずある。

 

 

社会にもっと多様性が増えれば、きっといいことがあふれるはず。

 

 

 

しかし、

お、待てよ…

今のままの日本だと、

 

例えば難民受け入れの問題だと、彼らへの受け入れ窓口が小さいうえに、彼らが国で生活するうえの援助も少ない。

多様性を目指したとして、一緒に生活、仕事をする上で「外国人」というラベルをなくすのは難しい。

技術能力社会のアメリカと違って、年功序列の体系を重んじる日本にとっては外から貢献しに来た外国人の仕事の満足度も心配だ。

 

と、懸念はあるものの、

 

もっと日本もこうなればいいなあ、

もっと世界中がお互いの知識、能力、技術を認め合える場所になればいいなあ。

 

 

と仕事に向かう時にいつも思う。

 

 

 

米国大学院生活の仕組みと一日の生活記録

 

 

今学期はやることがたくさんで本当にいっぱいいっぱいだー。

 

いつもどおり授業の予習のリーディングと、院生活のあとの就職も考えないといけない。おまけにインターンシップはあるし、今学期取っている必修科目の統計学には、まあ時間をとられるったりゃありゃしない。

 

 

もちろん統計学も、人権問題の資料を使ったりとまったく違うことをするわけではないけれど、しかし私の脳みそは数学脳ではないので、毎回悲鳴をあげてます。

 

 

と、まあやることが多い中でも、あと1学年で院生活を終えてしまうと思うと早いものです。実質あと半年くらいしかない。

 

そこで、忘れないうちに米国院生の生活についてちらっと記録しておこうと思います。

 

 


 

 

まず私の学校では9単位(3クラス×3単位)とればフルタイム生、それ以下ならパートタイム生として扱われます。

 

私の場合、プログラムに必要な単位数は39単位=3単位×13クラス

1年(秋)3クラス、1年(春)3クラス、1年(夏休みオンライン)1クラス

2年(秋)3クラス、2年(春)3クラス

 

という感じで、今は2年の秋です。

ちなみに日本の学校とは違い、1単位いくらという授業料なので、一クラス一クラスにかけられているお金の量をクラスを休んだりなんかすると重々と感じます。まず1回遅れるとついていけない。

 

クラスは1週間3つしかないけれど、1つの授業が2時間半~3時間のディスカッション クラスなので、予習しないと授業の内容がわからない&発言できなければ存在を消される=死ぬ。(明らかに1年の時よりは発言もできるし、勉強に対する気持ちにも余裕は出てきたけれど)

 

ということで、

 

毎日勉強してます。

今じゃ勉強しないとモヤモヤするようになってしまった…。

 

 

 

 

一日のスケジュールはというと、

 

8時ごろ 起床して(掃除洗濯は朝のうちに)

10時~11時 早めのお昼ご飯を済ませて、学校へGO

そこからは予習復習をひたすらして

8時ごろ帰宅(最近は怖いので真っ暗にならないうちに帰ってる)

9時半 自炊を済ませて夕食を食べて

11時 お風呂も済ませて勉強して

1時までに 寝る

 

という生活。

 

 

 

前学期は朝から夜中まで図書館という生活だったけれど、

今学期はお金と体に気をつけているので、大体昼前から暗くなる前まで。

家で自炊すると体も喜ぶし、だいぶ節約になるので一石二鳥。

 

 

これは授業も何もない日のスケジュールだけれど

インターンがある日は家に帰ってスーツを脱いでごはんを食べて7:30ごろから図書館に向かって帰りは遅いのでウーバー。本当にウーバーには感謝感激です。

 

そしてもちろんファイナル期間に入れば、朝から夜まで図書館缶詰状態。

 

と日によって違うけど、大体こんな感じ。

 

 

 

 

 

しかし、こんなに勉強が忙しくても楽しい、やりがいがあると思えるのはうれしい。

 

きっと教授も生徒も教材も図書館が24時間やってるっていう環境も全部充実してるからだと思うけど。教授のことがどんなに好きでも、クラスにいる生徒が勉強熱心じゃなかったら全く楽しくないもの…。

 

いやだーって言いながら実際勉強大好き人間。(笑)この気持ち忘れたくないなぁ。